この質問はパンドラの箱です。開けてはいけません(笑)。
甲「どんな数でも0乗すると1になる,と習ったぞ。だから0の0乗も1だ!」
乙「0を何回かけても0だ。だから,0を0回かけても0だ!」
という論争をしている2人がいます。どちらが正しいでしょう?
というのは結構有名な問題で,インターネットで検索しても答えがいろいろ出てきます。そして,掲示板などでは,論争というより喧嘩になってしまうこともあります。それでもなお,なんとか私なりの答えを書いてみましょう。
甲と乙の言っていることはどちらも本当っぽいですね。とりあえず,高校の教科書には必ず載っているグラフを描いておきますので,甲と乙の主張を確認してください:
が正の実数で, が任意の実数のとき, を考えることができます。その方法は教科書に書いてあるので読んでいただくとして,では のときはどうすべきか? というのが甲と乙とで話が噛み合っていない点ですね。丙さんに仲裁に入ってもらいましょう。
甲さんは「 の を0に固定して, を0に近づけるとどうなるか?」を考えているわけです。すると, の値はいつでも1ですから, のときも1に違いない,と主張しています。
これを数式で表現すると,
となります。「」というのは「 は正の値をとりながら,どんどん0に近づいていく」という意味で,(☆)は「そのとき の値は1に限りなく近づく」ことを表します。(実際には「1に限りなく近づく」のではなく「ずっと1」なのですが,極限のもともとの意味を書きました。)
一方,乙さんは「 の を0に固定して, を0に近づけるとどうなるか?」を考えて,
を得ています。
これらの結果をどう解釈すべきかというと,実は(☆)と(★)はどちらも正しいのです。
そこで丙さんの意見。2人とも, と の片方を止めて,もう片方だけを動かすと考えるから意見が合わないんだ。我々のやるべきことは,「 と の両方を0に近づける」ことだ。
そうです。本来は も も動くのですが,2変数の関数だとグラフが描きにくいけれど,1変数の関数ならさっきみたいにグラフを描くことができるのでわざと避けているんですね。「点 を に近づけたとき, の値はどうなるか?」を考えるのが公平な議論の第一歩。
甲さんは点 を →→→→→…… と近づけているわけです。一方,乙さんは →→→→→…… と近づけているわけで,確かに2人とも に近づいていることは確かです。
そこに乱入してきた丁さん曰く, である,と。
理由を問うと, → → → → →…… と近づけろ,というのです。
すなわち, 番目の点として , をとり, をどんどん大きくすると も も確かに0に近づきますが, なので, の値は常に ですよね。
丁さんの方法のを0と1の間の好きな実数に置き換えることもできますし, , ととれば にすることも可能です。要するに, の値は「0以上の任意の実数」にできてしまうのです!
本来は, と の2変数の関数だと思って のグラフを描くべきです。縦軸と横軸を と にして,高さを にすると,このグラフは3次元空間の中の曲面になります。
この曲面を描いてみようと,いろいろなプログラムで試行錯誤してみましたが,なかなかうまくいきませんでした。そこで,CTスキャンの要領で,「連続断面写真」を撮ってみました。ごらんください。
これらのグラフを積み重ねたものが, という曲面になるわけです。 軸はあなたの目線の方向になりますね。ちなみに,
が負の場合は下のようになります。
ついでに,軸に垂直な方向に切ったCTスキャン画像もお見せしましょう。
向きが変わるとかなり印象が変わったかと思います。どんな曲面かイメージできましたか?
この曲面は, の付近と の付近ではものすごく急激な変化をしていますね。一方だけならまだしも,この両方が交わる の付近では非常に複雑で,この点に近づく近づき方によって, の値は0にも近づくこともあれば1に近づくこともある。うまくやれば,0以上の任意の実数に近づくようにできるのです。
したがって, の値を,
ということがわかります。
曲面を となる面で切ったときの断面を,少し目盛りを変えて描くとこんな形になります:
は微分・積分の分野ではよく登場する極限です。その値が1になるので, と決めた方が都合がよい,と戊さんが主張しています。
多項式 を と書くこともあります。このときは に を代入すると ですが,当然この値は にならないと困るので と考えるべきだ,と己さんが主張しています。
このように, と約束した方が都合がよいことが多いようです。以上の主張は,正確には「2変数関数 のグラフがきちんとつながるように, の値を決めることはできない」というわけで,あなたが の値を定義してはいけない,と言っているわけではありません。
しかし,数学界全体の統一見解といったものはありませんから,と書く前に,自分の立場を明らかにしておく必要があるでしょう。(yosi)